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森 の 中 の 6 人 の 小 人
   

 5月下旬、八ヶ岳中腹の林道を歩くと、谷間にツツドリ、カッコウの鳴き声がこだまし、新緑の頃にすみれを追って山に入るのは最高の気分です。
沢に沿って歩き、少し登るとアケボノスミレが表れました。三十数年前、私がすみれに興味をもち始めた頃の話しで、すみれの花一つ一つが新鮮であったし、今よりずっと感動をもってすみれの花を見ていたように思います。
しばらくはアケボノスミレが続き、さらに登るとポツポツと白い花が見えはじめました。
「おお! シロバナアケボノだぁ」と舞い上がり、ここにもある、あそこにもあると有頂天になってしまいました。
   しかしすぐに、当時の乏しいすみれの知識でも、それがヒメスミレサイシンであるとすぐに分かりました。今となっては容易に区別ができますが、その時がヒメスミレサイシンとの最初の出合いでした。

ほとんど人の通らない登山道に沿った、シラビソ、コメツガなどの針葉樹の森が、最近、ヒメスミレサイシンを見に行く私の八ヶ岳のフィールドです。森に近づくと
ツィッピーツィッピー と梢でさえずるヒガラの声が聞こえてきます。
 
ヒメスミレサイシンはフカフカとした毛足の長いコケの中に点々と咲いていますが、写真を撮るためにこのコケの中に尻やひざ、ひじをついて長時間ファインダーを覗いていても、以外と湿気を帯びてきません。
同じ時期、同じような環境で咲くミヤマスミレの自生地に比較してより乾燥している印象がします。
ヒメスミレサイシンは中輪の白い花をつけ、花弁は薄く、大変繊細で清楚な感じがします。あまり群れて咲くこともなく孤高なイメージをもつすみれです。
私の所属するすみれの会の会員の方が、このすみれを "深窓の令嬢" と称したことがあります。澄みきった、5月とはいえまだ冷気の漂うこの森で、一株一株の花の表情を見ているとそんな表現がぴったりのすみれです。





森の妖精 ホテイラン
私は写真の撮影にレフ板(反射板)を使いますが、ある時、レフ板を使ってヒメスミレサイシンに光を当てていると、すぐ近くの枝にヒガラがとまり、レフ板に興味をもっているように反応します。鳥に光を当ててやるとますます近づき、いたくこの反射板が気に入ったようで、尾を振り、小さな姿はかわいく、その人懐っこさはまさに小さな森の愛敬者といったところです。

この森を一層明るく楽しく演出してくれるのは森の妖精・ホテイランです。華やいだかわいい花をつけ、その花の表情を見るために思わず覗き込んでしまう・・・そんな花です。写真家、故富成忠夫氏の一節を引用してみます。「日本産のランとしてはもっとも美しいものの一つである。花は3cmぐらいの小さなものであるが、これがうっそうたる森のなかの苔の上にはえているのを見ると、大げさでなく、その美しさに思わずはっと息をのむ。花は名のように七福神の布袋の顔であるが、白雪姫の七人の小人のほうがぴったりくるようだ」とあります。
丸くふくらんだ唇弁が白く、二本の距が足のように見え、小人のようです。
森で見るホテイランのそのほとんどは一株に一花ですが、この森の中で6人の小人に出会ってしまいました。

森に響くヒガラの鳴き声のなか、ヒメスミレサイシン、ホテイラン、それぞれの花がおたがいを引き立たせ、そして、透明感のある、青味の強いきれいな花をつけるタチツボスミレが一層楽しくこの森を演出してくれます。

白雪姫には会えないけれど、この森は私の好きなすみれの自生地の一つです。

 


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